海外日本人は日本が好き、嫌い?
今日は。パチコスキー真由美です。
私は日本で育ったよりも、もう海外在住歴の方が長いです。
20歳で海外に出て仕事をはじめ、いったん日本に戻りました。
でもそれも外資系の航空会社だったので日本にいたのは月のうち3分の1くらいでした。
今はアメリカに住んでいるので海外から見た日本。
海外から見た日本人の嫌なところはどこですかとインタビュ―を受ける時に聞かれたりします。
そういう質問を受けると日本の嫌なところについて考えて答えなければいけなかったりします。
でも嫌なところ、ダメ出しが海外在住の人は好きなのでしょうか?
海外在住日本人、海外日本人は日本が好きなのか?
日本が嫌いだから出て行ったのではないのか?
そういう考えが根底にあるのではないかと思うのです。
ちょっとそれは違いますよ。
今日は私の意見(すべての海外在住の人がそうではないです)を記事にしています。
私がなぜ海外在住を選ぶのか
自分を知り、世界で一番自分に合って住み心地がいいのはどこか?という視点
答えは私に一番合っている国と場所に住みたい。
自分に合わない場所や国に住んで窮屈な生活をし、違う自分になろうとするストレスなどを持ちたくない。
では自分に合う国、場所というのはどこだろう?という考え方です。
自分がしっかりしていると選択が自分を軸にしてうまれていきます。
私は日本に住んでいる人が日本国内でどこか居心地の良いところに引っ越そうか?
その考えをもっと大きい世界レベルに選択肢を広げて考えただけだと思うのです。
勿論なんとなく英語を日常で使えるくらいの語学力はあるので不自由はしないという点からそう広げられたのだと思います。
夫がアメリカ人であるというので自然とアメリカの中でどこに住もうか?という絞り方になりました。
物事に好き・嫌いという選択肢だけがあるのではない
同じ日本でも東京に住んでいる人、大阪に住んでいる人などいますよね。
例えば九州に住んでいるから東京が嫌いなのか?となるとちょっと極端だと思いませんか?
九州に住んでいても東京・大阪は好きだという人は沢山いますよね?
だから私が日本に住んでいないのは日本を嫌いだからとなるのはちょっと違うんですよ。
日本人であるという事も誇りに思っています。
でも私にとって日本は住むとしては環境も人間関係も息苦しく感じられる感じがして住み心地が良くないのです。
残念ながら自分が100%自由に気兼ねなく人生を謳歌する場所ではないなと判断したのです。
日本に住んでいる人は日本が一番いいと思う、または別によそに行きたいと思わない。
それはそれでいいことで、それがおかしいとも思いません。
ストイックな生き方の私には海外の方があっている
私は自分が自分でいられる、自由にできる環境で干渉されない環境がいいのです。
自立していて依存することを求めているのではないタイプの人間です。
基準はあくまでも自分(笑)。
だからどんどんなんでも自分たちで開拓していける。
大きな夢でもやってみればかなえられる確率が大きい国。
そういう意味でアメリカの方が自分の性分に合っているんです。
たとえもっと挑戦しなければいけないこと。
アメリカ人の中で外国から来て勝負するというのはハンデを考えればきりがなかったとしても。
そこを自分で切り開けばいいだけだからそちらのリスクをとった方がよいという判断。
基準は自分の心の声なんです。
わき目もふらずストイックに生きているのは楽しいよ!もっと自分勝手に生きるすすめ。
アメリカの方が性分にあっている=日本が嫌い・日本に否定的ではないのですよ。
自分に合っているものは?と追及した結果、今に至るだけ。
だから思い込みで海外に出ている人=日本が嫌い・日本に否定的と決めつけている
という感じのことを言われるときがあると????なんです。
日本人だから日本に住むのが当たり前という発想がない
日本国に住んでいないから国を捨てた人だというような古い考え方にとらわれていませんか?
地球規模で考えればアメリカから日本に帰国するのは日本で皆さんが故郷に帰省するのと同じ感覚。
日本があるところはわかっているし、いつでも帰国したいのであれば鎖国もされていないのだから帰国できる。
だから別に海外に住んでいるのが日本を捨てたという感覚などは全くないんです。
人間は人間という発想
私は地球の中の日本人という民族ですが、それは国や民族などで分けた場合の肩書。
パチコスキー真由美という人間であるのが軸です。
他の人間と国が違おうと文化が違おうと同じ人間なのだから友達になるし、隔たりがないのです。
文化や考え方の違いを知るのも楽しいし、アメリカではみんな興味があってよく質問してくれます。
人間は最後に人間らしさ。
困っている人には親切にする。
いうと問題になるのではと思う事でもその人のためにあえて言える勇気を持ったり。
喧嘩になって痕で反省して謝ったり。
国や国境を超えて、少し慣習が違っても人間として友人として選ぶのは同じ基準です。
違うようでも同じ映画を観て感動したり、涙したりするのはあまり変わりませんよ。
日本人のコンプレックスが海外在住の人への思い込みを生み出しているかも
外国からどう見られているか自意識過剰すぎる
日本人の人は外国からどう思われているか、日本人のどういうところが悪いのかをいつも知りたがります。
でも、実は自分たちがアピールできないのでそう世界の中で注目されているわけではありません。
日本人の人はいつも自分を向上させるために自分たちを卑下しているのがいいと思っていますね。
自分たちをとても低く評価しています。
それを謙遜だと勘違いしている人が多い。
自分はたいしたことのない、生きていても何の意味もないような人間ですとアピールしているように日本以外では映るのです。
自分を認められない人間は自然と他の人間からも認められないという状況を作り出します。
だから魅力がある人間だな、友達になってもっと知りたいなと思われにくいところがあると思います。
これは単に否定しているのではなくて、今まで生きてきた経験から得た分析結果を書いています。
日本人はだからダメなんだ。
だから日本はダメなんだ。
こういう記事に異様なほどに反応しますね(笑)。
自分のことがわからないという人が日本では成人してからもすごく多いように。
外国から、他人目線で見た意見で自分達、自分の国を作ろうとしがちです。
勿論よその国のことも知って国内の対応の仕方を変えるのは悪いことではないのですが。
自分以外の人を喜ばせるためだけに軸がなく、自分を曲げてばかりいて自分らしさを失ってしまわないでください。
そんなところがあるので、自分の住んでいる国、日本を離れている日本人は自分たちを否定しているのではないかと疑心暗鬼になっていませんか?
どの国にも良し悪しはあり、楽園のような国はないと思いますよ。
日本だけが改善しなければならない問題を抱えている国ではありません。
英語ができないと思い込んでいる
英語ができないというのも思い込みです。
日本人の人は書いたり読んだりする英語ばかり勉強させられているだけ。
言葉は発して会話をしてうまくなっていくものです。
その会話をどんどん練習すればいいだけの話です。
他の国の人たちは言語は読み書きよりも話すことから学んでまず会話ができるようになるのが先です。
読み書きは日本人のようにできません。
語学での勉強の仕方のベクトルが違っていただけ。
それを自分たちが劣っていると信じ込んでいてコンプレックスになっていませんか?
日本人は英語の会話は練習が足りないだけだから練習すればいいんだ!
と練習すればいいだけのことです。
外国での生き方を知ってしまって日本で窮屈に感じている人に自分の考えを応援してほしいと思われ誤解されやすい?
自分の困惑した気持ちをわかってほしいというときに頼られる
日本で外国語を使うような仕事をしていたり。
留学したことがあったりするとそのあと日本に帰ってきてその緻密さと完璧さを求めすぎてしまう国民性に疲れるようになるのではないかと思うんです。
そういう経験がある人たちはガチガチの窮屈な日本にもう少し心の余裕。
柔軟な思想を普通に持てるように他の日本人の人たちに提案したいと思っている人も多いのではないでしょうか。
日本は犯罪も少なく、安全で優しい人が多い国だと思います。
それなのに自殺が異様に多いのはやはり精神的に追い詰められることが多いのではないかと思うんです。
だから、外国かぶれしているわけではないのですが。
外国の000ってこうだよ。
こんなことはおかしいんじゃない?変えていけないかな?
という外国で自分たちが学んだこと、または仕事で外国人や外資系の会社に勤めることで得た良い部分を提案をしたいのだと思います。
でも言っても書いても経験のない人にはわからないので落胆してそれがダメ出しに変わっていくのでしょう。
なんでこの気持ちをわかってくれないのだろう?と孤独さを感じたりしているのかもしれません。
だから海外在住の日本人がこんなこと言っているよ!とインタビューしたことなどを載せたいのかもしれません。
そんな意図とは知らずにインタビューを受けて、日本のダメなところなどばかり聞かれたとします。
自分のインタビューの切り貼りしたところを記事に付けられるとインタビューされたあの人って日本嫌いなんだろうになってしまうのではないでしょうか?
日本に住んでいる方が海外在住の人にインタビューしたり、外国人にインタビューした記事。
そのインタビューした人の提案によって答えた事から記事が作成されているという前提を忘れないで読んでくださいね。
海外に住んでいる日本人がすべて日本や日本人が嫌いだという事はないんですよ。
自分の人生に集中せよ!
海外に住んでいるとアメリカのように国内でも時差があり、別の土地は外国のようなところもたくさんあるんです。
違うことが当たり前で仲間外れにもされないと、自分は自分ですごく楽になります。
考え方が違ってもその人の人格まで否定したり、すぐに好き・嫌いだけで判断しなくなります。
あなたも仕事をしていて別に好きでも嫌いでもないという人と時間を一緒に過ごすことは沢山あるのではないですか?
人間でもすべての人を単に好き・嫌いの判断だけを用意しませんよね?
何でも好き・嫌いだけの選択肢で片づけると寛容さに欠けてギスギスしてきます。
自分も人の事言えないのに人を批難・中傷して攻撃して自分が正義の味方になってきたように感じてきます。
そうすると自分の意見と違ったり考え方が違うと敵だとみなしてしまうようになります。
他人をどうこう言ったりする時間があれば、自分の人生をどうやったら充実させることができるのか。
幸せだ、ありがたい!と思って毎日生活できるのか。
一人一人がその方向に時間を使った方が断然日本という国もよくなると思いませんか?
その解決策に外国から学ぶというのは悪くないですが、外国の意見を崇拝することも必要ありません。
海外に住んでいる人はただその自分の人生にとってベストな国を選んだ。
結果としてたまたま場所が日本でなかっただけ。
勿論外国では沢山困惑したり、学ばなくてはいけないことはあります。
それは承知で環境を変えたのだから、自分で自分の道を切り開くだけです。
そのリスクを考えても自分が納得した人生を生きたいから海外に住む選択をする。
その時点でもうリスクはリスクでなくなります。
後には引けず、やるしかないですから起業するのと似ています。
誰でもできることではないかもしれない。
もっと大変かもしれないその選択をあえてした人。
その大変さや苦労を乗り越えた時に得るものが日本で得られる数倍の価値がある。
そう思ったからその道を選択したのです。
単に客観的な違いだと思います。
海外に住んでいる日本人は日本のこと好きな人・誇りに思っている人が多いと思いますよ。
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[…] 昨日、友人が書かれたブログ「海外日本人は日本が好き、嫌い?」を読んで、私も書いてみたくなりましたので海外生活から見た日本について書いてみようと思います […]